座談会『2.はじまりとコンセプト』

2.はじまりとコンセプト

竹内
実は、パズ.rarさんに謎制作をお願いしよう、ということはかなり早い段階から決まっていたのですが、実際にスタッフに加わっていただいたのは、少し後だったんですよね。

パズ.rar
あ。そうなんですか?

河野
あまりになにも決まっていない状態からパズ.rarさんに入っていただくのは申し訳なかったので。
事前に最低限、企画の方向性を固めてしまおう、と考えていて。

清木
まず、LINEを使うゲームなのだ、というところが決まったんですよね。

パズ.rar
たしかに、僕が入ったときにはもう、LINEを使うのは決まっていました(笑)。

河野
この企画の成り立ちからお話すると、うちの会社(グループSNE)が、『EXIT 脱出:ザ・ゲーム』という謎解きボードゲームを、翻訳して出版することになり——

竹内
『EXIT』は、元々はドイツのゲームで、2017年の「ドイツ年間ゲーム大賞」でエキスパート部門を受賞しているシリーズですね。

河野
はい。
そういった流れがあり、弊社の代表である安田に、「オリジナルの、謎解きボードゲームは作らないんですか?」と訊いてみたんです。

竹内
そんな風に尋ねれば、おそらく仕事を振られますね(笑)。

河野
安田も、「仕事を振られたがっているんだろう」と思ったようです(笑)。
なら作ってみろということになって。
ラ・シタデールさんと組めば、良いものができると確信していました。

竹内
それで、私と河野さんと、共通の友人の清木さんとで話をはじめて。

清木
そのときにはもう、私は個人的に、LINEで謎を解くシステムを作っていました。
以前から河野さんには、そのシステムをご紹介していたんです。

河野
面白いな、と思っていました。
一方で、少し葛藤もあったんです。

清木
アナログゲームに、デジタルを使うことに。

河野
はい。
純粋にアナログゲームとして謎解きゲームを作れば、それなりに受け入れてもらえるはずなんです。でもそこにLINEを加えたとき、面白がってくれる人もいるけれど、それを理由に興味を持っていただけない人もいるだろう、と。
ゲーム中は電波で通信するし、さらにLINEという特定のアプリをインストールしていなければいけませんから。

清木
たしかに、ハードルは上がりますね。
でも、ゲームとしてのメリットが非常にたくさんあります。

河野
そうなんですよね。
ただ、謎の答えを入力するだけのものではなくて。

清木
たとえば、すべてのプレイヤーの手元に、同時に画像を送信することもできます。

竹内
LINEを使って情報を共有する、というのは、体験型の脱出ゲームでもよくあることなんです。1枚の張り紙を写真に撮れば、チーム全員に簡単に送れますから。

河野
「情報の共有が圧倒的にしやすい」というのは、謎解きゲームにおいて非常に重要だと思いました。同じ謎を、皆で一緒に考えられるから。
それに、私からみると「テキストを読ませられる」というのが魅力的でした。脱出ゲームを作るなら、物語の流れをしっかりしたいと思っていましたから。

竹内
冒頭で、設定の説明があるだけではなくって。

河野
頭にテキストを置くだけだと、作れる物語にどうしても限界があるんです。設定は伝えられても、細かな展開までは難しい。
一方で、たとえば紙資料で物語を用意しても、回し読みはたいへんだし、謎を解いているあいだに邪魔になる。

清木
LINEは元々、テキストを読むためのものですからね。
それも、リアルタイムに送られてくるテキストを。

竹内
「複数人でプレイするアナログゲーム」に丁寧なストーリーを載せるためには、「通信環境のあるデジタルなもの」が、最適だったんですね。

河野
本当は、専用のアプリなんかが作れるといいんですけどね(笑)。

清木
多くのコストをかければ、それも可能です(笑)。

河野
できるだけ商品の価格を抑えたい、ということも考えると、明らかにLINEが優れていました。

清木
それに、LINEという「多くの人が日常的に使っているツール」を使うこと自体にも、魅力があると思うんです。
慣れ親しんだもので物語を体験すると、少し不思議な感じがありますよね。

河野
それは間違いなくありますね。
普段、友達とやりとりをするのと同じツールで、フィクションのキャラクターと会話するのが面白いし。より単純に、「LINEってこんなこともできるの?」という驚きもあります。

竹内
発表の段階でも、試遊会などでも、LINEはとてもポジティブに受け入れられている印象です。
でも企画の段階では、LINEを組み合わせた謎解きボードゲームというのは、おそらく世界のどこにもありませんでしたから——

清木
それで、まずは試作版(注1)を作ってみたんですよね。

河野
はい。
テキストを用意して、知人に簡単な絵を描いてもらって。それを清木さんにお渡ししたら、すぐに動くようになってました。
実際にLINEを使った謎解きがどんな遊びになるのか、試してみたかったんです。

竹内
もちろん試作版は、最終的に出来上がった製品版とはまったく別物ですが、共通しているところもありますよね。

河野
LINEを使った遊び、ということで、「プレイヤーと作中のキャラクターが連絡を取り合う」という骨格は、最初期のコンセプトからありました。
LINEというのは、他者と連絡を取るものですから。

竹内
閉じ込められるのはあくまで作中のキャラクターであり、その脱出をプレイヤーが手助けする。
この形式は、実は以前の企画からやっていますよね?

河野
竹内さんと初めてお会いした、「3D小説」(注2)という企画ですね。

竹内
どうしてプレイヤー本人ではなく、作中人物を助ける形にするんでしょう?

河野
簡単に言ってしまえば、好みですけどね(笑)。
プレイヤーを本当に閉じ込めることって、できないじゃないですか。

竹内
たしかに(笑)。

河野
どれだけ頑張っても、それは嘘なんです。
たとえば洋館を借り切って脱出ゲームを作ったとしても、本当に閉じ込められたわけじゃなくて、「ゲームに参加するために、自分の意思でそこまでやってきた」という現実は残る。
というのは極論ですが、とくにボードゲームだと、いくら内容物にこだわっても遊ぶ環境はいつものリビングですから。

竹内
喉がかわけば冷蔵庫を開けるし、電話が鳴ればそれに出るし。
作中の設定と状況が、乖離しますよね。

河野
でも物語のキャラクターの方を閉じ込めてしまえば、それは本当なんです。
フィクションの世界の出来事だとしても、プレイヤーが途中で諦めて、ゲームを止めてしまったなら、本当にそのキャラクターは出口に到達できないんです。
プレイヤーがリビングにいるのなら、作中の設定もそれを許容できるものでありたい、というのが私の好みです。

竹内
たしかに。プレイヤーの立場を、作中と連絡を取り合う位置にしてしまえば、どこにいても矛盾はないですね。
ある意味では、究極のリアリティ。

清木
つまり河野さんは、設定や物語を、「家でプレイする謎解きボードゲーム」というものに最適化させたかったんですね。

河野
はい。でも、設定だけではありません。
本作は、「ボードゲームとして最適な謎解きゲームとはなんなのか?」という問いに対する、私なりの答えとして作りました。

竹内
システム面においても。

河野
たとえば、この作品には、制限時間やタイムアタックの要素がないんです。脱出の成功、失敗のみならず、プレイ評価にさえ「時間」という要素は加えませんでした。

清木
ボードゲームの謎解きに、制限時間は不要だった。

河野
不要というか、「ボードゲームは、制限時間を排除できる強みを持っている」と言った方が正確かもしれません。
一般的な体験型の脱出ゲームの構造では、どうしても時間でゲームを管理する必要が生まれますから。
制限時間にはメリットもデメリットもあって——

竹内
制限時間は、わかりやすいスリルをプレイヤーに与えてくれますよね。「必死に謎を解く」という方向に誘導してくれる。
でも一方で、その「必死さ」がデメリットでもあります。

河野
たとえば謎解きに熟練した人と初心者が一緒に遊んだとき、時間の要素を加えてしまうと、「解ける人が謎を解く」ゲームになります。
でもこの作品は、たとえば「わかった人がアドバイスをしながら、まだ謎を解けていない人が答えにたどり着くのを待つ」といった風な遊び方を否定しないように作りたかったんです。
テーブルに着いている全員の満足度を考えたとき、「必死さ」より「余裕」を取りたい、と考えました。

清木
たしかにESCALOGUEは、謎解きの経験者が初心者を誘って遊ぶのにも最適なゲームですよね。LINEに情報がまとめられることもあり、ゲームの展開に置いていかれる、ということは、まず起こらないと思います。

竹内
他にも、多くの体験型脱出ゲームにとっては「当たり前」になっていることを、本作では見直していますよね。
たとえば「小謎」(※注3)という概念がない、とか。

河野
謎に関しては、パズ.rarさんの感覚が強いと思いますが——

パズ.rar
小謎と呼べるサイズの謎もありますが、とても少ないですね。
でも、たしか「全部でどれくらいの数の謎を出すか」についての意見を、早い段階で河野さんからいただいたはずです。
それが、やや抑えた数だったので、謎ひとつひとつが「小謎というにはやや大きい」サイズになりました。

河野
「冒頭にたくさんの小謎を置く」というのは、本作とはミスマッチだなと思ったところはありますね。
理由をあげると、小謎は「制限時間があった方が面白い謎」である、というのがひとつ。

竹内
簡単な謎をスピーディーに解く快感のためには、たしかに制限時間があるべきですね。

河野
もうひとつは、「手分けして多くの謎を解く」という展開は、この作品でやりたいこととは少し違うな、という気がしていました。
ひとつひとつの謎を、全員が一緒に考える方が、私がイメージするこのゲームに合っていました。

竹内
それもあって、ESCALOGUEの謎はユニークというか、「小謎の問題集」に出てくるような謎はほとんどありませんよね。

河野
そこは、パズ,rarさんのこだわりが強いはずです(笑)。
基本的には、謎はパズ.rarさんがいいと思うものを、と考えていましたから。

竹内
チームの共通した意識として、それはありましたね。
でも、本作の謎制作には、ひとつ大きな制限がありました。

パズ.rar
はい、かなり強い制限が(笑)。

竹内
パズ.rarさんには、「日本語に依存した謎は作らないでください」とお願いしました。

河野
それを言ったのは、私ではありません(笑)。
私からは、「初心者でも楽しめる謎を作ってください」とお願いしました。

竹内
日本語に依存しない謎は、私と清木さんの考えですね(笑)。
ESCALOGUEを、世界で売れる作品にしたかったんです。

清木
謎解きファンとして、日本の謎の美しさには自信を持っていますから。
せっかく作るのだから、世界をみたゲームにしよう、と。

パズ.rar
なのですべての謎を、簡単に他言語に翻訳できるように作りました。

竹内
大変だったでしょう?

パズ.rar
これまで使っていた方法が、いくつも使えなくなりましたからね(笑)。

河野
でも、それで作っていただいた謎をみて、「ああ、私は言語依存がない謎が好きなんだ」という発見がありました。

パズ.rar
僕もです。言語依存って、結局のところ知識依存ですからね。
謎は特定の知識に依存していない方が美しい。

河野
それに、言語依存のない謎の方が、ビジュアルを美しくデザインしやすいように思います。
文字がたくさんあると、それだけで見た目の重さがでるので。

パズ.rar
たしかに、そうかもしれませんね。

河野
手がかりカード1枚のビジュアルまでこだわる、というのも、この作品のテーマのひとつでした。

座談会の第2回はここまでです。
第3回は、9月11日公開予定です。
いよいよ本作の謎制作者、パズ.rarさんのお話をメインにした回になります。
謎を愛する皆さまに、ぜひお読みいただければと思います。

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注1)ESCALOGUE試作版
試作として作られた、ストーリーも謎もまったく違う短い作品。
このゲームの謎をパズ.rar制作のものに置き換え、アナログな要素を抜いてLINEだけでプレイできるように修正したものを、負荷テストのために2018年8月25日に限定公開した。

注2)3D小説『bell』
グループSNEとラ・シタデールが初めて組んだ、読者が介入できる物語。
現実でのイベントの結果に合わせて物語が展開する小説をリアルタイムに執筆し、毎日公開した。Twitterを用い、読者は作中キャラクターに言葉を伝えることができた。
詳しく知りたい方はこちら

注3)小謎
比較的簡単に解ける小規模な謎。パターンを理解できていれば、瞬く間に答えを出せるものも多い。
体験型の脱出ゲームでは、序盤にこの小謎が数多く出題される傾向にある。